「夏への扉」と海外ドラマ「Breaking Bad」の共通点と、エンジニアとは何か

 

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

以下、少ないですがネタバレを含むのであしからず。

 

ロバートAハインラインの「夏への扉」を読んだ。

1956年に発表されたSF小説で、あらすじは、天才技術者であるダニエル・ブーン・デイビスが、いろんな憂き目に合いながら、タイムトラベルができるという幸運を最大限に利用してアドベントする話である。主人公の猫への向き合い方が可愛い。それが、この物語の色合いを決定づけている。

読んでいるときは、かなり楽しく読めたのだが、読み終えて振り返ってみると、ストーリーや、基盤になるアイデアは大したこともなく、何がそんなに楽しかったのだろうかと疑問に感じたので、考えてみることにした。

まぎれもなく楽しいと思う瞬間がいくつもあったし、それは、他の小説では得たことがないものだったのだ。

少ないですがネタバレを含むのであしからず。

 

1.ジンジャーエール

ジンジャーエールが本当においしそうに書かれている。バーで猫がジンジャーエールを飲む。冷凍睡眠で未来にいった主人公が、酒の代わりにジンジャーエールを飲む。ここでは、常に、ジンジャーエールは酒よりも美味しそうに描かれる。自分のタイムマシンの発明が認められなく、落ちぶれている物理学者のトゥイッチェルは酒を飲む。この酒はどう考えても不味い。その横で、タイムトラベルを自在に行い、意気揚々と次の行動に移ろうとしている主人公が飲んでいるのが、ジンジャーエールなのだ。

ジンジャーエール片手に読む本である。

 

2.猫

散々言われてきたことだろうが、猫の描き方がよい。

SF小説であるため、無機物と、科学言語の羅列がストレスになるときがあるが、本作ではそれは全くといっていいほどない。常に猫が読者の周りを躍動していてくれるのだ。

猫好きの女の子に貸す本である。

 

3.エンジニアとは

ダンは、未来に行く。そこで、新しい技術を一気に学ぶのだが、その姿が、勉強しているとは思えないほど健全なのだ。勉強の苦しみは微塵もない。中途半端に理論を学んだりしない。かといって、それは技術のために必要十分な量であるのだ。

私は、大学で工学を学んでいる。そこそこの大学のはずなのに、ほとんど理論的なことは置いてけぼりで、実際的な技術の周辺を中心に学んでいく。

「理論がなくては応用はない」

これは、京都大学工学部HPの学部長のコメントか何かに書かれていることで、実際、そこでは、学部生のうちは理学だけでなく工学においても理論を学ぶことに重点を置く教育がなされているらしい。劣等感を感じずにはいられない事実だ。

しかし、この本を読んで思ったのは、ダンが行った量以上の勉強は、工学には関係ないのではないのではないかということだ。もちろん、理論を学ぶことが、いいモノづくりのために役立つことはあるかもしれない。しかし、それは、理論に限らず、文学や経済学や心理学や農学etcが、研究のどこかに役立つというのと同じ程度役立つのだ。そこに理論のサンクチュアリはない。英文学で読んだ世界観がどこかでアイデアのトリガーになるといった意味合いで、理論がどこかで役立つのであって、理論は技術の基礎力にはならないのだ。わかっておかなければならないことは、ダンのように、工学研究の思想のようなものがあれば、それと技術の表面的な知識で工学は成り立つという事実である。その思想を形作るのは、その人によって、どの学問分野かは千差万別であって、いたずらに理論教育を押し付けるのには無理があると感じた。

 

工学部1回生が読む本である。

 

4.時間に追われるのが楽しい

時間に追われることで、そのタイミングでフルに頭を回転させての行動がとられ、それはゆったり時間があるときには考えられないほど大胆になる。序盤で、ダンにベルが催眠注射を慌てて打つシーンでの3人と猫のやり取りに始まり、なんと言っても、ダンが2001年に来たのち、極めて短期間のうちに、様々な行動し、終いには過去に戻る決断をし、過去で出会った、偶然最初に出会っただけのヌーディストカップルを信頼して、ガンガン自分の計画を進めていってしまうのである。タスクに追われて時間が切羽詰まるのではなく、自分の運命を切り開くための時間に追われているのである。こういったことがあることこそが幸せなのではないかと思った。事実、終盤の楽しさはダンが乗りに乗っていることである。時間の制限がダンを魅力的に動かしているのだ。そして重要なのは、その時間の制限を作ったのはダンであるということである。ドタバタでもいいからやり始めることは楽しいという、私の最近の経験からもこの点は非常に上手く描けていると思った。もしかしたら、多くの娯楽小説がこの手法を取って主人公を動かして言っているのではないかと思った。

 

人類が読む本である。

 

5.「Breaking Bad」との共通点

ここで、人気の海外ドラマ「Breaking Bad」で、主人公のウォルターホワイトのことが思い出される。ウォルターも一流の技術者で、仲間に裏切られて、莫大な儲けを失ったという点でダンと同じだ。そして、何より、ウォルターも時間に追われている。タイムトラベルをしたからではなく、ガンを宣告され、余命が少ないからだ。その中で、ウォルターは無限に時間があったときには考えられなかった行動(麻薬をさばく学生と手を組み、組織に殴り込みにいき、マフィアと抗争し...)を次々と起こしていく。ジンジャーエールと猫を、メタンフェタミンニューメキシコアルバカーキに変えればBreaking bad になるのだ。なるほど、この2つの題名を交換し、ダンの冒険を「Breaking bad」と名付け、ウォルターの賭けを「夏への扉」と呼んでもしっくり来る。アルバカーキの灼熱の夏だが。

やはりこの、「追われる」構造に、エンタメものに必要な要素があるということであろう。そして、他にも「エンジニアもの」の名作があれば見てみたい。

 

Breaking Badして、夏への扉を開いて、猫と一緒に麻薬を売って、マフィアを壊滅させて、タイムトラベルして最高の女の子と出会う人が読む本である。

 

最後に、、、初めての投稿です。これからもたまに書くのでよろしくお願いします。

 

 

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)